教育領域
卒前から卒後にかけたシームレスな理学療法士教育
養成校教育として目指すもの/臨床施設側の立場から
日髙 正巳 氏
兵庫医科大学 アドミッションセンター (兼)リハビリテーション学部 教授
【概要】
理学療法士の養成教育は、「理学療法士作業療法士養成施設指定規則(以下、指定規則)」に基づいて実施されている。この指定規則が約20年ぶりに改正され、2020年4月の入学生から適用されることとなり、3年目を迎える。今回の指定規則の改正では、総単位数の増加とともに臨床実習に関わる改定が大きく実施された。3年制の専門学校では本年度が新指定規則によって教育を受けた初年度生が臨床実習を行い、卒業を迎える年である。また、2022年4月からは(公社)日本理学療法士協会の新生涯学習システムもスタートし、前期研修、後期研修と臨床研修制度も展開されることとなった。
理学療法士教育が変化していく今、我々、教育に携わる者としては、「卒前教育と卒後教育とをシームレスに接続できているのか」という命題に、真摯に向き合わなければならない。そのような状況の中でコロナ禍が到来したことで、臨床実習が中止となり学内での代替実習に転換を余儀なくされたところも多く、臨床経験を十分に蓄積することなく卒業を迎え就職してくる新人も多い。そのため、これからの臨床活動の中で臨床経験を蓄積し、臨床スキルの向上に取り組んでいくことが専門職としての責務である。その一方で、臨床実習の経験が希薄であっても、就職後の研修制度でカバーできるのであれば、臨床実習を短縮し、卒業後の臨床研修制度に移行すればよいのではという意見も出てくることもあるだろう。
卒後の臨床研修を効果的に展開するためには、新人教育を一から行うということではなく、卒前から卒後へ適切なポイントで接続することが重要である。その接続ポイントがEntrustable Professional Activities(EPAs)である。卒前と卒後のシームレスな連携を考えた卒前教育を展開するためには、EPAsを定め、それに向けた臨床経験の蓄積を図る必要がある。もし臨床教育の場を卒後の臨床研修に委ねたとした場合、臨床研修の初期段階における社会保障制度との関係を考えると、卒前教育である程度の臨床経験を得ていない段階で、社会から報酬を得ることは問題になりかねない。
臨床実習教育は、学生の能力を臨床の場で試すために実施されるのではなく、臨床実習終了時に持ち得るべき能力を到達目標として設定し、その目標に向かって有益な経験を蓄積することが重要である。したがって、EPAsは臨床実習の到達目標にも通じるものである。EPAsは専門職としてのスタートラインとして持ち得るべき能力であり、新人としての業務を任せられるだけの信頼でもある。新人にどのような能力を求めるのかは、同時に、社会に対して、どのような能力を担保し、社会保険制度の活用する専門職であるかを示す基準にも通じる。本シンポジウムにおいては、EPAsを目指した卒前教育・臨床実習教育のあり方ならびに方法論について紹介したい。そして、EPAsを検討していく今後の議論の参考になることを期待したい。
【受講者へのメッセージ】
「卒前教育と卒後教育をシームレスに接続して展開していくことは必要か」という問いかけに対しては、誰しもが「必要」と答えることと思う。その一方、「具体的にどうすればシームレスな接続ができると考えるのか」という問いかけに対しては、明確な答えを出せないことも多いのではないかと考える。また、診療参加型臨床実習への転換が求められることによって、ややもすれば、臨床実習の到達目標を下げているのではないかと考える人もいるかもしれない。しかしながら、卒前教育と卒後教育のシームレスな接続の観点ならびに、「試す実習」から「育てる実習」への転換の観点からは、診療参加型臨床実習に期待するところが多いと考える。診療参加型臨床実習は、現に展開されている臨床活動に実習生が参加する、そのためには、その時に展開されている臨床推論を学び、必要な経験を蓄積することに他ならない。本シンポジウムに参加して頂き、新人教育のスタート時点を念頭に置くことが、シームレスな卒前・卒後の接続を行うために必要な到達目標になることを理解して頂きたい。そして、その目標達成のために必要となる診療参加型臨床実習の基本について理解を深めていただければと思う。
【略歴】
1990年 神戸大学医療技術短期大学部理学療法学科卒業
2000年 佛教大学大学院教育学研究科修了、修士(教育学)
2004年 神戸大学大学院医学系研究科保健学専攻修了、博士(保健学)
1997年 神戸大学医学部保健学科助手
2002年 学校法人高梁学園 吉備国際大学保健科学部助教授
2006年 同 教授
2007年 学校法人兵庫医科大学 兵庫医療大学リハビリテーション学部 教授
2022年 兵庫医科大学アドミッションセンター教授
現在に至る
【学会活動】
一般社団法人日本理学療法教育学会(2021.4~理事長)
一般社団法人全国大学理学療法学教育学会(理事)
一般社団法人日本リハビリテーション臨床教育研究会(副理事長)
一般社団法人日本褥瘡学会(理事)
一般社団法人日本医学教育学会
都留 貴志 氏
地方独立行政法人 市立吹田市民病院 リハビリテーション科 技師長
【講演概要】
我が国では超高齢化社会が進む中で、理学療法士という医療専門職の需要が今後さらに高まっていくものと思われる。近年、理学療法士の数は急速に増加の一途を辿っており、その増加数は毎年1万人とまで言われている。このような社会情勢の変化の中で医療専門職としての人数が増えていることは、国民にとっても大変喜ばしいことと思われるが、医療専門職としての質の担保を考えた場合、やはり教育というものは重要であると考えている。
ひとたび、誰しもが理学療法士になるために経験してきた学生時代の臨床実習を思い返していただきたい。多くの人たちは患者を担当し、スーパーバイザーからレポートを添削され、臨床実習を過ごしてきたのではないだろうか?演者もその一人であり、当時は何の違和感もなく、それが当たり前のように実習を過ごしてきた。しかし、新人理学療法士となって臨床現場に立った時、何から進めていいのか戸惑うことが多く、その度に先輩理学療法士から手取り足取り指導をしていただいたことを今でも鮮明に覚えている。このような経験は新人に限らず、2~3年目くらいの若い先生方も少なからずあるのではないだろうか?これこそが、卒前(臨床実習)と卒後(臨床教育)の教育が分断されていたことによる弊害ではないだろうか。我々には、「社会に求められる理学療法士を育てる」といった共通の到達目標があり、それを達成するために計画性と連続性をもった理学療法士教育が卒前(臨床実習)と卒後(臨床教育)に求められている。前述したとおり、これまでの理学療法士教育は卒前にレポートを介したOff-the-Job Training(Off-JT)主体の臨床実習が展開され、卒後はOn the Job Training(OJT)によって出来ることから診療参加させるスキル教育へと変化していた。もし、学生時代から新人教育と同様にOJTによるスキル教育がなされていれば、今よりも質の高い理学療法士が育成できるのではないかと考えている。では、卒前にどこまでの能力を求めるのか?ここで重要な視点は2019年に日本理学療法士協会から示された「臨床実習生が実施可能な基本技術の水準(以下、水準)」である。この水準を意識した臨床実習が展開されれば、卒後の臨床教育へスムースに導入できるのではないかと考える。また、臨床実習は約20年ぶりに改正された指定規則に伴い、診療参加型臨床実習が求められるようになった。診療参加型臨床実習では、学生を臨床現場に立たせ、実際の患者に対して理学療法技術を実践していくこととなる。ここで重要なことは、臨床実習教育者が経験則だけに頼るのではなく、確かな教育学習理論に基づいて指導することである。これは、患者保護や学生保護の観点からも重要である。昨今、Evidence-based MedicineやEvidence-based Physical Therapyといった根拠に基づいた医療や理学療法が社会から求められている。理学療法士教育も教育学習理論に基づいた根拠のある教育として展開していくことが必要である。その為に臨床施設側は臨床教育者の育成や教育体制の確立、教育方法の共有などの準備をしておく必要があると考える。本シンポジウムでは、卒前と卒後の教育に計画性と連続性を持たせるために重要な視点と診療参加型臨床実習を展開する上で必要な教育学習理論や方法論に触れつつ、当院での取り組みについても紹介したいと思う。
【受講者へのメッセージ】
新指定規則や新生涯学習システムがスタートし、今まさに人材育成の大きな変革期が来ていると感じています。こうした中で卒前卒後を一貫教育と捉え、シームレスに理学療法士教育を行うためには、養成校側と臨床施設側が、どのような準備をして、どのように展開していくのかを考える必要があると思います。臨床施設の先生方だけではなく、養成校の先生方にも多く集まっていただき、共に考える場にしたいと思います。
【略歴】
【学歴・職歴】
2005年 藤華医療技術専門学校 理学療法学科 卒業
2005年 緑風会病院 リハビリテーション科 勤務
2012年 市立吹田市民病院 リハビリテーション科 勤務
2021年 神戸大学大学院保健学研究科博士前期課程修了 修士(保健学)
2021年 神戸大学大学院保健学研究科博士後期課程入学
現在に至る
【関連資格】
臨床教育認定理学療法士
臨床実習指導者講習会(中央講習会)修了
【関連著書】
セラピスト教育のためのクリニカル・クラークシップのすすめ第3版(分担執筆)
【関連学会・社会活動】
(一社)日本理学療法教育学会 一般会員
(一社)日本リハビリテーション臨床教育研究会 理事
(一社)大阪府理学療法士会生涯学習センター 教育局 臨床実習教育部 部長